2002年7月29日、8月12日にTBS(関東ローカル)で放送された深夜番組「天」にホノルルクラブメンバーが出場した時の参戦記です。


「天」参戦記
ホノルルクラブ・チーム キャプテン 水野文也


「はしがき」

 通常なら負け戦の参戦記は、内容が辛気臭くなりがちだし、書いていても面白くもないので、書かないことにしている。しかし、あまりにもふがいない戦いをした悔しさを忘れないために、また、個々に戦えば自己の強さを発揮できるであろうメンバーの名誉のために、敢えて書き残すことにした。最初に、空前絶後の大失態でメンバーに迷惑をかけたこと、ホノルルクラブ30年の歴史に傷をつけたこと、この場を借りて、あらためて謝罪したい。以下に、"砧の悲劇"(収録したTMCがある砧から、メンバーの一部がそう名付けた)を総括してみよう。

§1「ドリームチーム」

 「天」という番組が始まることを知ったのは3月。久々にテレビ出演(タイムショック団体戦)し、次に出るものは"何かないか"と考えていたところだった。新しい番組が始まると、何かと血が騒ぐのは、クイズを長年やって来た者の"性"なのかもしれない。ただ、この時点で番組内容として判明したのは、9人1組の団体戦ということだけ。自分が出たい番組なのかわからないうえ、団体戦とあって、タイムショックの時のように、メンバー集めをどうするか…といった具合に、考慮することが多いと思われた。そのため、"出場に向けて動くか否か"は第1回の放送を見てからにすることにしたのである。

 最初に見た感想は、「とにかく面白い」のひと言で、高校時代にクイズを共に始めた、解説者である道蔦君が、「作りたかった番組だったのだろうな」と思った。この時の「出たい」という気持ちが、皆に迷惑をかける"砧の悲劇"になろうとは…。これっぽっちも考えていなかったのは当然である。

 さて、個人戦なら、葉書の1枚でも書いて(ははは、オジさん世代では、こういう表現になる。今はネットでの申し込みが主流だな)済むわけだが、団体戦でそうはいかない。まずは、タイムショック団体戦に出場したメンバーを中心に、所属するホノルルクラブの面々に番組の感想を聞いた。その際に「出たい」と表明したメンバーが自然発生的に今回のチームの核になったわけだが、出ようにも、行なわれているのは学生トーナメント。社会人大会が行なわれるかどうか定かではない。まあ、この時は勝手に「出よう」と思っていた程度だった。
 それが、携帯電話にかかってきた1本の電話で、一気に現実味を帯びる。「道蔦さんからの紹介で、水野さんの番号を聞きました。ホノルルクラブに出て頂きたいのですが…」と「天」のスタッフ。まずは、「ありがとうございます」と丁重な挨拶をしたが、心の中では"やったぜ!"と思ったのは言うまでもない。

 そうしてメンバー確定作業に入った訳だが、そこからが大変だった。(他のチームでも苦労したと聞く)"ホノルルクラブ"という30年の伝統を背負って出る以上、勝ちを意識(クイズは出る以上、どんな場合で、勝ちを狙うものと考えているが)したチームづくりを真っ先に考えたが、悩んだのは9人揃えるという作業だけではない。実は、オファー自体が出場決定というものではなく、4チームのうち1チームは落ちる、ということが後に判明。メンバー選びと並行して、何かウリになるものを考えなくてはならなくなかったのだ。(最終的には4チームともトーナメントに出場できたが…)
 ちなみに、これは他の稿で記したことがあるが、キャラが弱くては番組に出場することは難しい。それは団体戦でも同じで、今回の場合、単に"クイズの老舗サークル"というだけでは弱いと思った。そこで、どうせなら、歴史を強調するのはもちろんだが、所属メンバーの実績は間違いなく日本一であるので、「チームを最強軍団に仕立てあげてしまえ」ということを考えた。そうして誕生したのが今回の"ドリームチーム"だった。
 とにかく"強豪が集うサークルである"という事を前面に押し出さなければ、"落選"の憂き目に遭うかもしれないと考えた。最初は出演に関して、楽勝ムードだったが、学生トーナメントをみて、どうも様子が"キャラ重視"の雰囲気で、実際に"ホノルル落選"の噂も出たほど。チームの交渉役であった私も必死で、スタッフと連絡を取るたびに、「ウチのサークルが落選ならば、クイズを知っている人は、なんで一番実績があるホノルルクラブが出ていないの…となりますよ」といった具合に、強く売り込みを図ったのは言うまでもない。

 "ドリームチーム"にしよう…ということにしたのだが、それと前後するメンバー選びについても大変だった。困ったことに、ホノルルクラブはHPの会員紹介をみてもわかるように強豪ぞろいで、9人に絞るのは難しい。また、全国に会員が散らばっているため、その気になれば、地方会員も入れて本当の意味での"オールジャパン"の結成も可能だったが、今回は交通費がまったく出ないため、一部リザーブになって頂いた方を除いて、在京以外の会員には声をかけることが出来なかった。
 こうした点を踏まえ、メンバーは在京会員、例会の参加頻度が高いなど現時点での"ホノルル色"が強い人、かつ"ドリームチーム"と名乗る以上、番組優勝経験を必須とし、オープン大会での実績なども考慮し、チームが作られたのである。
 もっとも、シビアな見方で決定した今回の9人であるが、顔ぶれをみると、普段の例会で和気藹々とやっている仲間たち。普段のサークルの姿と言えるメンバーでも、この顔ぶれなのだから、やはり、ホノルルクラブはレベルそのものが高いのだろう。

 もうひとつ困ったのは、収録日が途中で変更されたこと。皆、多忙な職業人であるがゆえに、いつでもどうぞとは言えない。土日勤務があるメンバーもいる。ちなみに、今回出場した9人で事前の対策やスタッフの面談、前撮り等々、何度か集まる機会があったが、9人が一同、顔を揃えたのは本番の収録日だけ。うーむ、時間に余裕がある学生さんなどのサークルが羨ましい!

 最後に、村田会長から「皆さんに一任します」とのお言葉を頂戴し、ホノルルの顔のひとりである石野嬢をはじめ、スケジュール等で辞退した強豪会員を除いて確定したドリームチームの面々は以下の通り。(寸評の文責は私、敬称略)

1)日高大介:押しのスピードは日本トップレベルと言っても過言ではない若手実力者。
2)山本 剛:ご存知、タイムショックのパーフェクト男。
3)棚山圭子:メンバー中、随一の成長株。新女王の座をうかがう。
4)西沢泰生:クイズ界の処刑人と呼ばれる古豪。ウルトラ北米チャンピオン。
5)嶋田康幸:アタック25・年間チャンピオンのタイトルが光る実力者。
6)能勢一幸:ウルトラ優勝者にしてミリオネア。現役で実績ナンバーワン。
7)鷹羽 寛:クイズ界で戦いにおける安定度では右に出る者がいない強豪。
8)秋田芳巳:オープン大会優勝の常連。現役最強の呼び声もある実力者。
9)水野文也:キャリア四半世紀のベテラン。クイズ界のご意見番。

 普通に考えれば、このメンバーで負けるはずがない。事前のペーパーテストで、日高君の100点満点を筆頭に9人の平均点は93.3点と、出場4チームの中でダントツのトップ。番組でも優勝候補として紹介されたのだが…。やはり、悪いのは、ただ1人結果が残せなかった私なんだろうな。「これだけ揃えて負けたら、言い訳できませんよ」…とメンバーを確定させた時に言った能勢君の言葉を思い出す。

 オンエアの時間は短かったが、個々のメンバーの強さは随所に出ていたと思う。たとえば、日高君の"カスピ海"。押してから考えたのではなく、あの押しで"カスピ海"と即答してしまう芸当はさすがである。"うぐいす豆"を答えた棚山さん。彼女は、例会でも、ほとんど"食べ物問題"をかっさらってしまうのだが、あの緊張した場面でも、きちっと結果を出した。もちろん、総合力もついてきたけど、"食べ物問題"に関しては、棚山さんは日本でトップクラスだろう。さらに、"特攻隊押し"相手に着実に1ポイントをあげた秋田君。後でもらったメールで、「一番強いと感じた」と道蔦氏が絶賛していたのが秋田君だった。
 Ryu君(山本剛君)は調子落ちと感じたけど、途中から立ち直ったね。西沢君、嶋田君、タイムショック団体戦もそうだったけど、今回もきっちり結果を出しましたな。能勢君も、さすが"ビッグネーム"らしい押しだったし、鷹羽君、貴殿は、やはり安定度ナンバーワンだ。

 ちなみに、道蔦氏はこのメールで、作戦であるのは理解できる、としたうえで、両チームの1−2番手に対して苦言を呈していた。(いたるところで話に出ているので書いてしまうが、第1回の放送で、Ryu君が答えた第4問の"チワワ"は、実は第51問目。ホノルル対OBA−Qは、放送されなかった部分が、もの凄い死闘だった。これが、後半の戦いに微妙な影響を与えたわけだが…)道蔦君、両チームの1−2番手とも、将来ある若手(日高君、市川君、神野君。Ryu君は若手ではないな)なので、どうか事情を汲み取り、彼らを暖かい目で見てください。

 まあ、前段はバタバタがあったとは言え、8人目の秋田君までは、順調に積み上がり、そこまでは予定通り。あと、一歩で勝利(もちろん、最後の天問題を間違えれば、リセットになる)だったけど、キャプテンの私が空前絶後の大失態。が、それまで、「さすがホノルル」と思わせる押し方で、積み上げてきたわけなのだから、やはり、私を除けば強いチームだった。

§2「"3つの待つ"で轟沈」

 この章は、私の反省文、というか顛末書、始末書みたいなものとして記す。まずは、メンバーの重鎮である西沢氏が、"慢心と準備不足"と私の失態の原因を指摘したが、その通りであろう。後述するが、慢心があったことは否定しない。また、準備不足(当日まではそんなことは無いと思ったが、実際、オンエアを見ると、あの押し負けは明らかに調整失敗と感じる。実際、メンバーは事前調整で、私の仕上がりの悪さを憂いていたようだ)であったことも事実だ。

 まずは、相手をよく知ることの重要性を常日頃、口にする割りには、今回はそれが出来ていなかった。奥田君が"食べ物得意"とは…。
 例えば、OBA−Qの面子は、事前にすべて割れていたにもかかわらず、調べる努力を怠った(まさか、私自身、9人ひと通り、押すとは思わなかったが…)ことが、そのひとつ。嶋田君やRyu君、秋田君などに、「おい、アラケンって強いのかぁ?」、「岩村っていうのは、どんな押しをするんだ?」なんて、今考えれば、脳天気に聞いたもんだ。
 収録後、対戦相手の顔から、あることを確かめたくなり、OBA−Q先鋒の市川君が主催した「マンオブ・サイヤ」の問題集を開いてみて、恥じることしきり。なっ、なんと、新井健一君は、「マンオブ・サイヤ」の予選で同じコーナーで戦い、しかも、私の右隣に名前が書いてある。あちゃ〜、新井君とはお互いにカンニングをし合った(カンニング可のペーパーだった)仲ではないか。また、岩村君は、ひとり置いて左隣に座っていた。ふたりとも、早押しで戦ったことがあったとは。(ちなみに、"置いたひとり"とは京大の宮坂君。あの大会、チームメートの秋田君や、白玉キャプテンの菊地さん、慶応の片岡君、市川君などスタッフも含めれば、「天」出場者を数えると20人近くいた、今考えれば、"スゴイ"大会だったわけだ)うーむ、心構えがなってなかったな。

 早押しについては、"9人目は慎重に"という、"間違えない"押しの練習ばかりをし、"勝負押し"のタイミングを掴まないままに本番に臨んだ気がする。私が弱かっただけのことかもしれないが、調整不足で勝てるほどテレビクイズは甘くない。

 さて、本番で私自身、まずかったと反省しているのは、表題にも記した"3つの待つ"、さらに、先述した慢心だ。

 その3つの待ちとは…。
(1)問題のポイントを待つ
(2)自分の得意ジャンルの問題を待つ
(3)7番手の奥田君を待つ(←奥田君、ゴメンナサイ!)

 (1)については、他のチームがそうであったように、1、2番手はガンガンに押し、抜け出た中盤以降は、間違えずに積み上げる…という作戦だった(実際に3目の棚山さんから8番目の秋田君まで着実に昇っていったことから、作戦としては間違っていなかったと思う)ため、問題のポイントを待って答えるようにしていた。

 私は普段のクイズでも、"押してから考える"という形の押しを、ほとんどしない。最近、2チャンネルの「天」のスレに、かつて師匠だった大木さんの言葉「お手つきしていいなら、早押しは楽だよな」が書かれてあった(BY 伝説のクイズ王氏)が、師匠の教えを今なお忠実に守っている私は、ポイントを待ってから押すようにしている。

 ところが、それでは"近代クイズ"において勝てないという。石野嬢に、「水野さん。ポイント待っていたら、今の若い人には勝てませんよ」と言われたが、確かに、終ってみてそう実感した。対戦後、市川君が明かした作戦は、「水野さんはポイントを確実に待ち、ボタンが点いたら、ほぼ100%正解を出すので、我々は間違い覚悟で、ポイントの80%の段階で押すようにしたんです」というもの。市川君の「リア王!」までは、とてもやれないけど…。うーむ、完全にやられたな。

 後の祭になるが、行こうと思えば行けた問題が2、3問あった。そのひとつが最後のキャプテン対決となった問題。前フリで「・・・をモチーフ/」で、ムンクだなと思ったが、ここで「もうひと言、聞きたい」と思ってしまう悲しさ…。この後に、「"叫び"などで知られるムンクは、どこの国」という変化も、それまで消化した70問以上の問題から可能性が十分あったので、手が動かなかった。上野君もポイントを待っていた感じで、ほぼ同時に押したものの、結果は、私の押し負け!

 5○2×形式なら"ポイント待ち"は有効で、相手の自滅を誘って勝つこともできる。上野君に、以前、あるオープンで勝ち抜いた時、「さすが無手勝流ですね」と言われたことがあった。しかし、「天」では、当然のことながら"無手勝流"では勝てない。かりに、間違えたとしても、控えるのはドリームチーム。なんとかなる訳だから、早い段階で"勝負押し"に行くべきだったのだろうな。

 (2)については、私が臨んだ問題で、社会、歴史、地理といった自分の得意ジャンルが見事に1問もこなかった。"その時"をじっくり待ったのだが、十数問(未放映分も含む)も消化して、ついに1問も無かったわけで、まったくのツキの無さ。ただ、これは、逆説的には自分の弱さの裏返し。ツキの無さを嘆くのではなく、次に戦う機会が訪れるまでに、得意ジャンルを増やせばいいだけのことである。

 そして最後の(3)だが、ここがポイントになった。勝負ごとは、相手のウィークポイントを突くのが鉄則。相手オーダーを見て、誰が口にするわけでもなく、チーム内に"いざとなれば7番で"という見方が広がったと思う。実際、チームは慌てず冷静に戦いを進め、7番手でポイントを積み上げ逆転した。
 私は、正直言って、順番が回って座った時には、プレッシャーはなかった。(市川君相手に、偉そうなことを言ったほか、未放映分では、神野君に意見する余裕があったほど)しかめっ面こそしていたものの、心の中では"いざとなれば"…という気持ちがあったからである。
 ところが、"待っていた"奥田君に早いポイントで取られてしまう。これにはビックリというか、動揺した。上野夫妻に押し負け2連発に影響したかもしれない。そして、私は1問も答えないまま轟沈した。
 聞けば、奥田君は"食べ物問題"は得意とのこと。もうワシは"ムニエル"は食わないゾ!(クイズでモノを忌避しようと思ったのは、第3回FNSの「ラッキーストライク、もう吸わない」以来だな)
 それはさておき、(3)は一発勝負では、本当は思っていけないことだったんだろうな。「どうせ勝てる」という慢心が芽生えた途端、ツキは逃げるもの。とにかく、負けた私の立場からは、奥田君を賞賛するほかない。(実際に彼は実力も持っているらしい。ゆるされよ!)

 もっとも、どこかで1問答えれば、この参戦記の内容もガラっと変わっただろう。やはり「勝負は時の運」とも感じる。ただ、勝っても(1)に関しては、おそらく書いただろう。総括すれば、今回の私は、勝利に酔った第1次大戦の装備で、第2次大戦を戦ったようなものだったかもしれない。

§3「ゴッドマザー、私のチルドレン」

 最後となるこの章は、放映されなかった会合風景収録のエピソードを記そう。おそらく、各チームとも演出がふんだんになされた(とくに"覆面軍団")と思われるが、ホノルルクラブの紹介するための会合風景収録も、また、傑作だった。
 ホノルルクラブの会長は、30年前の創設当時からのメンバーで、2代目である村田栄子さん。伝統あるサークルを守り続けてきた村田会長は、メンバーにとって恩人とも言える人だ。
 感謝したいのは、嫌な顔ひとつせず、"演じて"いただいたことである。当日の収録では、ドリームチームのゴッドマザーになった。(実際に、クイズ番組全盛期には、あらゆる番組に出て勝ちまくった方なので、本当にゴッドマザーのような方なのだが…)

 その幻のシーンを紹介しよう。

 (早押し機を囲んで、座る会員たち)
 スタッフ「そう言えば、ホノルルクラブの会長はどんな方なんでしょう」
 水野「クイズ界のゴッドマザーと呼ばれる方が会長をしています」
 スタッフ「ここに、呼んでいただけますか?」
 水野「ちょっと待ってください。今、お連れします」
 (席を立ち、部屋の入り口に向かう水野。ドアを開けるとそこには…)
 水野「会長。どうぞ、お入りください!」
 (村田会長が、ゆっくり部屋に入る)
 村田「皆さん、こんばんは!」
 (全員、一斉に起立。45度角でおじぎをした後、直立不動)
 桑原「会長、お待ちしておりました」
 (桑原が席を空け、会長のために椅子を引く。ゆっくり歩き席に座る会長)
 村田「皆さん、どうぞ続けてください」
 (一同を見回し、うなずく会長)

 という感じだった。で、応援メッセージと言えば、

 村田「今回のメンバーは最強です。私がホノルルクラブで育てたチルドレン達は、しっかり結果を出すことでしょう」
 アロハシャツを着てレイをかけたメンバーの9人、ハワイへの団体旅行客でも、とっぽいチンピラの集団でもなく、実は、"ゴッドマザー"が手塩にかけて育てた精鋭の"チルドレン"だったのである!!

 衣装のアロハシャツは自前。スタッフ側のアロハ着用の要請に、最初は抵抗があったが、相手はナント"覆面"という情報が入ったので、「まあ、いいか」ということになった。タイムショック団体戦の時は、スタッフが用意してくれたが、今回は、ドン・キホーテに世話になったこと、なったこと。アロハは用意したメンバーもいたが、決勝進出まで考えれば、1人あたり2〜3着は必要と考え、1枚599円で買い込んだ。嶋田君が揃えたレイは198円だったかな?どうも、2回も実績を作ると、これからもアロハは、ホノルルクラブの団体戦におけるユニフォームになるかもしれない。

「おわりに」

 さて、以上、長々と記したが、これで結びとする。あのような結果となったため、ペーパー予選で98点取り、満点の日高君に次いで2位となって本当に良かった。予選結果が下位だったら、ただのクイズが弱いオヤジだもんな(笑)。
 最後に、ふがいないキャプテンであったことをお詫びするとともに、そんな私に、やさしい言葉をかけてくれたメンバーの皆さんに、この場を借りて感謝の気持ちを記したい。本当にありがとう!そして、ホノルルクラブの未来に栄光あれ!!